ネタバレ/感想/考察:『イップ・マン 序章』の鑑定結果【詠春拳が織りなす上質なカンフードラマ】

アクション

 (C)2008 Mandarin Films Distribution Co. Ltd. All Rights Reserved

Jing-Fu
Jing-Fu

みなさんこんにちは! 管理人のJing-Fuです。

 

今回鑑定をするのは『イップ・マン 序章』です。

香港のアクション・スターであるドニー・イェンの代表作でもある本作の最新作『イップ・マン 完結』が、当初は2020年の5月8日に公開予定でしたが、コロナウィルスの影響で公開日が延期している悲しい現状です。

ところが本日、再公開日が7/3だと公式からアナウンスがあり、管理人も含めファンが歓喜しています!

改めて公開を楽しみにしつつ、最新作に向けてそれまでのシリーズ作品を振り返ってみようと思います。

■作品情報

・基本情報

 

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■原題:葉問(英題:Ip Man)

■発掘国/制作年:中国・香港(2008)

■キャッチコピー

その心と技は、ブルース・リーに受け継がれた

 

・監督、キャスト

■監督:ウィルソン・イップ

 

■主要キャスト

イップ・マン:ドニー・イェン

ウィンシン:リン・ホン

チョウ:サイモン・ヤム

三浦:池内博之

リー警部:ラム・カートン

カム:ルイス・ファン

佐藤:渋谷天馬

・あらすじ

1935年の中国広東省の佛山(プッサン)。

南派武術の発祥の地であるこの町は、多くの武術家たちが開く武館が連なる、中国武術の盛んな里であった。

住人の一人であるイップ・マン(ドニー・イェン)は詠春拳の達人。

彼は周囲から佛山最強の武術家と誇られていたが、自分の腕を高ぶったり武館を開くこともなく、妻のウィンシン(リン・ホン)と息子のチュン(李澤)と家族で平穏に暮らしていた。

ある日佛山に、北部から北派拳の達人であるカム(ルイス・ファン)が訪れ、圧倒的な強さで次々と里の武館主たちを蹴散らしていった。

自らの強さを誇示し、武館を開いて金を稼ごうとするカムは最後にイップ・マンに闘いを挑むが、イップ・マンの洗練された詠春拳の前に敗北する。

カムが去った後、イップ・マンは改めて里の民衆から称えられ、佛山にも再び平和が戻る。

しかし2年後の1937年に日中戦争が勃発し、中国内の荒廃は佛山にも広がり・・・。

■ざくっと感想

Jing-Fu
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本作の鑑定結果は、、、

ミスリル映画(☆9)!!

 

カンフー映画は数あれど、「詠春拳」をテーマとした作品は決して多くはありません。

過去に詠春拳をアクションの動作に取り入れていたのは『ユン・ピョウ in ドラ息子カンフー』くらいしか思いつきませんが、より詠春拳の動作にクローズアップをしたのは本作が初めてでしょう。

諸説はありますが、詠春拳は大昔の中国で詠春という名の女性が創設した武術だと聞いたことがあります。

物凄く簡単に説明をすると、女性である自分よりも力の強い男に対抗するために、攻防を一体とした無駄のない手技の細かさによってより早く相手を倒す、それが彼女の創設した詠春拳の理念であり特徴です。

『アイアンマン』で知られるロバート・ダウニーJrがプライベートで詠春拳を習っていることからも、詠春拳のグローバルな人気具合が伺えますね。

本作の主人公であるイップ・マンはそんな詠春拳を世に発展させることに貢献した、実在した中国の武術家です。

かのブルース・リー唯一の師匠としても有名ですね。

本作では寡黙で周囲から慕われるイップ・マンが、中国を侵略する日本軍に立ち向かう姿を描いており、脚色されたストーリーではありますが、その雄姿はウォン・フェイフォンやフォ・ユアンジャに並ぶ新たな中国の英雄として人気を博しました。

本作のヒットに伴って後にシリーズ化もされ、本シリーズとは関係ない他作品やTVドラマも制作されるなど、本作の影響力の強さを物語っています。

 

主演のドニー・イェンは、イップ・マンの人物像と詠春拳の技術を完璧なまでに表現し、詠春拳の達人になりきったアクションと演技力は、本作が自身の代表シリーズになるほどの高評価を得ています。

ドニーさんが魅せる、高速で相手の攻撃を受け流して反撃する独特な動きの手技は、観ている誰もが思わず真似をしたくなるようなかっこよさに包まれています。

他にも同じドニーさん主演の『SPL 狼よ静かに死ね』『トゥームレイダー2』などのサイモン・ヤム『インファナル・アフェア』ラム・カートン『RIKI-OH/力王』ルイス・ファンなどの名優が演技とアクションを盛り上げます。

日本からは三浦将軍役として池内博之が参加しています。

そして監督のウィルソン・イップの演出力は、カンフー映画史上過去に類を見ないような上質なドラマを生み出し、イップ・マンの「家族」が重要なテーマにもなっています。

 

以下、ネタバレありの感想と考察になります。

作品を未見の方は鑑賞後の閲覧をおすすめします!


 

 

 

 

 

 

 

 

■感想と考察

・観る者を魅了する詠春拳の動き

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主役のイップ・マンを演じたドニーさんは、詠春拳の達人を完全に演じ切るために、なんと撮影の9か月前より詠春拳の特訓を始めたとのこと。

武術のスキルだけではなく、小柄で細身であったイップ・マンの人物像に寄せるために10キロの減量を行ったという、アクション俳優としての徹底したプロ魂には頭が上がりません。

そして本作でアクション監督を務めるのは、香港映画界の超・大御所であるサモ・ハン・キンポーです。

かつて詠春拳をアクションに取り入れた『ユン・ピョウ in ドラ息子カンフー』で出演兼武術指導を行っていたサモ・ハンですから、彼が本作のアクション監督に抜粋されたことは大いに納得できます。

本作における詠春拳の総顧問に、なんとイップ・マンの実際のご子息であるイップ・チュンが呼ばれていることにも注目です。

これらを聞けば、本作がイップ・マンと詠春拳に捧げる想いの本気度が熱く伝わります。

そんな万全の体制のもとで生み出された、詠春拳によるカンフーアクションのクオリティの高さを疑う必要はありません。

派手な動きや飛び蹴りなどの大きな動作がない画にも関わらず、相手の懐に入り込み、近距離で攻撃と防御を一体とした手技でさばいていくドニーさんの詠春拳の迫力はすさまじいものです。

ドニーさんが魅せる、理にかなった「タンサオ」や「ボンサオ」など(詠春拳の技法)の動きの美しさと、相手が1人でも10人でも関係なく、向かってくる敵を沈めていく無敵の如きキレキレの爽快感。

両こぶしを目にも止まらない高速の勢いで連続ラッシュさせ、相手に物を言わさずマシンガンのごとく拳を叩き込む、いわゆるチェーンパンチの魅力は本作における最たるものです。

木人という、分かりやすく説明をすると中国のサンドバックなるものがあり、木人に向かって音を響かせながら詠春拳の鍛錬に励むイップ・マンの姿も印象深いです。

詠春拳という動作が今までのカンフー映画にほとんど取り上げられてこなかった経緯からも、その動作の1つ1つに未知数のオーラを感じ、見慣れたはずのカンフーアクションを新鮮味と驚きに満ち溢れた、まるで初心にかえったかのような気分で堪能することができるのです。

 

何より詠春拳をかっこよいと印象強く残すポイントは、詠春拳の構えにあると思います。

イップ・マンが闘う相手に対して最初に見せる、両腕を体の前で前後に突き出す構え。

前に出した手は「マンサオ」という相手を攻撃するための拳、体側に構えた後手は「ウーサオ」という自らを防御するための拳という、詠春拳の基本ともいえるポーズです。

このマンサオとウーサオのポーズには、上記の通り闘いにおいてしっかりとした意味があるのですが、観ていて単純にかっこいいんですよね。

構えが複雑でもなく、難しい動きを要することもありません。

誰もが真似をしやすいことが、作品を観た人々が思わずこの構えを真似をしてかっこよさを体現したくなる憧れを促し、観客の認識という点においては、非常に印象に残りやすいという利点があるのです。

 

カンフー映画で長年のキャリアを持ち、様々な武術経験を持つドニーさんだからこそ、詠春拳をここまでリアルかつ魅力的に表現することができたのだと思います。

本作の公開以前に、『SPL 狼よ静かに死ね』『導火線 FLASH POINT』などで新境地である総合格闘技の動きを取り入れ、自身のアクションに特色を持たせ始めた中での、言わば基本に戻った本作のカンフーアクション。

基本とは言いつつも極限までその技術を高めて具現化させたことにより、ドニーさんは逆に新たな息吹を生み出したのです。

 

ドニーさんが魅せる詠春拳の他にも、やはりサモ・ハンがアクション監督を務めているとだけあって全体的なアクションの水準は高いです。

佛山に殴り込み、その後も何かとイップ・マンの前に立ちふさがるカムを演じたルイス・ファン

ガサツで横暴なカムの性格を体現したかのような、ルイスが見せる凶暴で荒々しい南派武術はパワフルな気迫が爆発しており、彼のキャリアの中でもトップクラスの迫力です。

日本武術の空手の達人である三浦を演じた池内博之の空手アクションにも力が入っています。

池内博之はプライベートでは空手でなく柔道を体得しており、本格的なアクションは初めてだったとのことですが、力強い蹴り技や背負い投げといった技の数々で、三浦の強さを見事に示しています。

・ドニーさんの演技面での挑戦

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ドニーさんと言えば、それまでの作品で演じるキャラクター像のほとんどがオレオレ感を前面に出して周囲の手に負えないような役柄が多かったイメージがありました。

そんなドニーさんが本作で演じたイップ・マンというキャラクターは、それまでのパワフルで暴力的な人物像とは異なり、寡黙で紳士的な佇まいが特徴です。

過去のイメージを想像すると、一見イップ・マンという役柄に似合わない人選のようにも取られてしまうのですが、本作を開始10分観るだけで、その不安はあっさりと払拭されることでしょう。

詠春拳の達人という圧倒的な強さを持ちながらもそれを誇示することなく、相手に勝ったことを自慢するわけでもなく大したことではなかったかのようにあしらう物静かな役柄が、びっくりするほどドニーさんとマッチしているのです。

イップ・マン本人に寄せて小柄に肉体改造を行ったこともあって、その紳士的で優しい性格により説得力が生まれており、これまでに気付かなかったドニーさんの新たな演技力を認識し、抜かりのない表現力には目を惹かれます。

イップ・マンは劇中で闘う度に何か「理由」を背負って挑んでいます。

時には名誉を挽回するため、時には家族を守るため、場面によって様々ですが、共通しているのは決して感情の赴くままに闘っていないことです。

普段は物静かなイップ・マンが爆発的な怒りを見せるシーンがあり、それだけでもギャップが強いのですが、怒りに身を任せるのではなく、常に感情を制御した状態で闘っています。

闘いが終わった直後、握りしめて震える拳から力が抜けるシーンを観ていても、闘いの最中はふつふつと溢れ出る怒りの感情を内に収めてコントロールしていたことが分かります。

何故、あえて感情的ではなく落ち着いた様子で闘うのでしょうか。

個人的に考えた結果は、イップ・マンの家族の存在ではないでしょうか。

感情的になって無鉄砲な闘い方をすれば、冷静さを欠いて命を落とす可能性もある。

イップ・マンには家族という帰るべき場所があるからこそ、闘いの最中も冷静さを保っているのではないかと思いました。

このように自らが演じるキャラクターの性格をアクション面にも細かく反映させていることからも、ドニーさんの俳優としての技量を伺うことができます。

・それまでのカンフー映画に描かれなかった家族劇

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本作の監督であるウィルソン・イップは、家族のシーンを撮るのが得意だと思います。

以前にもドニーさんと組んだ『SPL 狼よ静かに死ね』では各登場人物に「父親」というキーワードを設定し、『導火線 FLASH POINT』でも主人公と敵役それぞれの母親との親交をストーリーに混ぜるなど、少なからず家族を物語に絡めていました。

ウィルソン監督は本作において、それまでのカンフー映画においてほとんど描かれることのなかった、主人公とその家族のドラマを綿密に盛り込んでおり、誰もが安心して観ることのできる上質なドラマを築いています。

 

主人公のイップ・マンは紳士的で強く、周囲からも頼りにされている完璧な人間のようにも見えますが、裕福な生活水準もあってか、どこか抜けたのんきな一面を見せる時があります。

その結果、武術の稽古ばかりに熱中をしてしまい、妻と子に対しての対応を疎かにしてしまいます。

彼自身はのんきなため、その対応が妻子を傷つけていることに気が付きません。

妻に強い口調で訴えられ、我に返ったイップ・マンは、木人に「愛する妻」と書き込んで稽古をやめるという、いかにも彼らしい自身への戒めを行い、その後は家族との時間に向き合う姿勢に変化が訪れます。

劇中で勃発する日中戦争にて、イップ家は経験したことのないどん底の生活を強いられるのですが、そのような過酷な環境の中で、イップ・マンがそれまで以上に家族の時間を大切にしていく様子がとても微笑ましい。

本作にはイップ家の「食事」のシーンが何回か映し出されます。

プライベートな家族の食事に部外者を招き入れ、何も会話をすることなく淡々と箸を進める冒頭の食事シーンと対比し、以降の食事シーンでは家族が向き合い、他愛のない会話をして楽しく箸を進めています。

この家族の何気のないイベントである「食事」シーンにこそ、その時々のイップ家の距離感が映し出されており、イップ家の在り方の変化を理解する上で非常に重要なシーンとなっているのです。

大切に想う家族がいるからこそ、闘う理由がイップ・マンの心の中に新たに掲げられます。

それまでのカンフー映画では観ることのできなかった暖かい家族のドラマが、結果的にアクションシーンの背景に奥深さをも生み出し、他作品とは異なる美しさを醸し出しているのかもしれません。

・国民性の分かる英雄像

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道場荒らしであるカム、中国を蹂躙する日本軍。

人々を不安に陥れる脅威に立ち向かうために立ち上がるイップ・マンの姿は、どんな時でも沈み込んだ中国人たちの気持ちを奮い立たせ、彼が意図をしていなくても、結果的に民衆を鼓舞させています。

外から来た敵と対峙し、その存在を打ち倒すのは中華圏の大衆文化では見慣れた英雄像です。

国民たちが求める英雄の定義、国民性が顕著に表れていますね。

イップ・マンの半生を描いた本作ですが、決して物語のすべてが史実に沿ったものではなく、脚色された場面の方が多いです。

実際には、イップ・マンは生涯において劇中のような英雄らしい行為を見せたわけではありませんが、民衆の団結を促すというテーマを狙ったあたりに、少なからず中華圏のナショナリズムへの意識も感じます。

こうしてイップ・マンという存在は史実に沿っていなくとも、それまでのウォン・フェイフォンのような、中華圏における新たな英雄像として定着をし、業界ではイップ・マン ブームまでもが生まれています。

この英雄像は本作だけではなく、その後に続くいずれのシリーズ作品においても描かれているのが特徴であり、それこそ本作が中華圏で並々ならぬ大ヒットを産んだ要因の1つなのでしょう。

■日本がらみ

・劇中で日中戦争が勃発した後、画面から色合いが急激に落ちてセピア色になることが、中国人にとってこの時代がいかに暗く陰鬱なステージだったのかを物語っているようです。

・中華圏では日本人や日本軍を悪役として描く映画は決して少なくはなく、本作においても、日本軍が無抵抗の中国人らを弾圧していく様子が描かれています。
本作で池内博之が演じる三浦将軍も、自分の力に絶対的な自信をもって「中国武術より日本武術の方が上だ」と中国人を見下している言動を見せています。
しかし試合を行う神聖な道場内での中国人の銃殺を禁止したり、武術の達人であると認めたイップ・マンに対して敬意を見せるなど、武人精神を持ち合わせており、単に悪意と権力を振りかざすキャラクターではなく、制作陣の気遣いのようなものを感じます。

・逆に粗暴で凶悪な人格を全面的に背負うのが、日本を含むアジアで幅広く活躍をする渋谷天馬が演じる、三浦の部下である佐藤大佐。
悪意をむき出しで中国人を踏みにじり、逆らうことはできないながらも三浦の武人精神にさえ苛立ちを募らせるような、いわば典型的な日本軍人のイメージでした。

『リング』『デスノート』などで音楽を担当する川井憲次が本作に招かれていることを見ても、制作陣のリスペクトが少なからず伝わります。

川井憲次の生み出す雄大で美しい音楽は、イップ・マンの誇り高き志を表しているかのような素晴らしさです。

あくまでも、本作が主として掲げるテーマは反日ではないのです。

 

■鑑定結果

Jing-Fu
Jing-Fu

作品を観終わった後は、ドニーさんが繰り出す詠春拳の美しさに魅了されていること間違いなし。

しかしただのドンパチカンフーアクションで終わらず、こちらも美しさの目立つ良質なドラマ部分からも目が離せません。

ドニー・イェンの入門作品としてもお勧めできる1作です。

 

ミスリル映画(☆9)!!

 

となります!!

 

 

 

それでは今回の鑑定はここまで。

またお会いしましょう!

 

最新作である『イップ・マン 完結』は7/3より、全国順次公開予定です!

最新作公開に向けて、またシリーズ作の感想をアップしていきます!

 

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コメント

  1. waniwani より:

    ジンフーさんに教えていただいた作品で最も感動した名作の1つです。

    • Jing-FuJing-Fu より:

      ありがとうございます!
      そう言っていただけると嬉しいです。
      良い映画との出会いは感動しますよね〜。

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