©1990 Universal Studios. All Rights Reserved.
みなさんこんにちは! 管理人のJing-Fuです。
今回鑑定をするのは『バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3』です。
金曜ロードショーで2週連続で放送された『バック・トゥ・ザ・フューチャー 』シリーズは大盛況ですね!
さて、そんな大人気シリーズの完結編を鑑定をしていきますので、よろしくお願いします!
目次
■作品情報
・基本情報
©1990 Universal Studios. All Rights Reserved.
■原題:Back to the Future Part III
■発掘国/制作年:アメリカ(1990)
■キャッチコピー
・監督、キャスト
■監督:ロバート・ゼメキス
■主要キャスト
・マーティ/シェイマス:マイケル・J・フォックス
・エメット・ブラウン(ドク):クリストファー・ロイド
・クララ:メアリー・スティーンバージェン
・ロレイン/マギー:リー・トンプソン
・ビフ/ビュフォード・“マッド・ドッグ”・タネン:トーマス・F・ウィルソン
・ストリックランド保安官:ジェームズ・トールカン
・ジェニファー:エリザベス・シュー
・あらすじ
前作のラストで、1955年から1985年へ帰ろうとしていたマーティ(マイケル・J・フォックス)とドク(クリストファー・ロイド)だったが、ドクの乗ったデロリアンが雷に打たれ、1885年の西部時代へと飛ばされてしまった。
ドクが1885年から送ってきた手紙を頼りに、マーティは再度1955年のドクに助けを求める。
手紙の指示通り、1885年のドクが鉱山に隠したデロリアンを発掘し、1955年のドクに修理をしてもらって未来に帰ろうとするマーティだったが、鉱山前の墓地で偶然目にした墓石には、なんと1885年のドクの名前が刻まれていた。
1885年のドクは手紙を書いた1週間後に、ビフ(トーマス・F・ウィルソン)の先祖であるビュフォード・タネン(トーマス・F・ウィルソン)に撃ち殺されてしまうことを知ったマーティは、修理したデロリアンで1885年へと飛び、ドクを救いに行こうと決心をするのだが・・・。
■ざくっと感想
本作の鑑定結果は、、、
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズの第3作目にして最終作である本作では、長かったマーティの時間旅行がついに完結します。
今回の舞台は、前作のラストでドクが飛ばされてしまった、1985年から遡ること100年前である1885年のアメリカ。
俗に言う西部開拓時代を舞台に、マーティとドクのドタバタ劇とドラマを描きます。
シリーズで最も現代文明からかけ離れたと言える西部時代でのストーリーは、前作で描かれた2015年の未来世界とはまた異なる、タイムトラベル映画の醍醐味がぎっしりと詰まっています。
マーティが自身の未来に向けて成長していく様子は前作から続いていますが、そんなマーティ以上に注目されているのが、ドクが織りなすドラマでしょう。
本作では、ドクが1人の女性に恋をする瞬間とその後の甘く切ないメロドラマに重きが置かれており、これまで以上にドクという人間の内面に迫ります。
最終的に劇中のドクから贈られる普遍的なメッセージが、様々なタイムトラベルを描いてきたシリーズの終劇を飾るに相応しい感動を与えてきます。
シリーズおなじみの伏線や小ネタもばっちり仕込んであり、シリーズを通して用意されてきたすべての伏線が回収されていくことも見所です。
『PART1』と『PART2』の鑑定もしていますので、良ければ本記事と合わせてどうぞ☆
以下、ネタバレありの感想と考察になります。
作品を未見の方は鑑賞後の閲覧をおすすめします!
■感想と考察
・舞台は西部時代のアメリカ
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西部時代が舞台ということもあり、インディアン、乗馬、投げ縄、市中引き回し、酒場、早撃ちの決闘、機関車など、そこから連想させられるあれこれがふんだんに物語の中に用意されているのがミソです。
またもデロリアンが故障してしまった窮地の中で、これまで以上に科学に通用するツールがない環境の中、利用できるものはなんでも試しに実践していくドクとマーティのドタバタは相も変わらずの見所。
物凄く危機的な状況が続きますが、重苦しさ(文字通りヘビー)の中にも常にユーモラスさを忘れない心意気は従来通りで楽しく、安心して観ていられます。
最終的に2人がたどり着いたのは、「自走不可能となったデロリアンを機関車で押し、タイムスリップ可能速度まで加速させる」という前代未聞のアイデア。
爆発的な速度を得るために意図的に暴走させた機関車で繰り広げられる奮闘は、過去最大のハードルとリスクの高さを醸し出しています。
タイムスリップまでのリミットが迫る中、次々と起こるスリリングな危険からは目を離せず、まさにシリーズのフィナーレを飾るに相応しいアクションシーンとして、手に汗握る展開が待っています。
機関車が落下するシーンは、実際に本物の機関車を落としたのではなく、精密に作られた大縮尺の模型を落下させたそうです。
言われるまでどう見ても本物にしか見えない特撮シーンの迫力は折り紙付きで、公開当時機関車愛好家たちが「貴重な機関車をよくも!!!」とブチギレしたらしいですが、「機関車に見慣れている愛好家を騙せた!!!!」ということで、製作人は大いに喜んだというエピソードが残っていて微笑ましい。
・恋するドク
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シリーズで最もドクがフォーカスされている本作。
未来へ帰ろうと躍起になる中、ドクはクララという女性と出会い、なんと恋に落ちてしまいます。
お互いの顔を見た瞬間の表情からも、それぞれがビビっと一目惚れをしてしまったことが分かります。
その後の2人ときたら、出会う度に互いを意識し、戸惑いながらもなんとか次の行動に移していく流れはまさにメロドラマのような甘さに包まれており、これまで以上に人間らしい「自然な恋愛感情」に支配された行動を見せるドクが微笑ましくて仕方ありません。
設定年齢とは似つかわしくない青春を謳歌するドクのウッキウキな姿からも、恋に年齢なんて関係ない!と思わずむずがゆくなっちゃいますね。
一連のうぶな素振りを観ていても、これがドクの長い人生の中での初恋であることはほぼ間違いないでしょう。
クララを見つめるドクのギョロ目が、科学者の興奮時とはまた違う光り方をしているのが一目瞭然。
自分が科学に興味を持ったきっかけであるジュール・ヴェルヌを、クララも慕っていることが判明してその恋心はさらに加速していきます。
「そんな女性とは初めて出会った」と静かにも興奮気味に口にするドクを観ていても、本当に彼の心が躍っていることが伝わってきます。
ドクがクララをエスコートし、生粋の科学者からは想像もできないような大胆な動きでダンスを始めるシーンなんかは滑稽で、観ているこちらも、その様子をぽかーんと眺めるだけのマーティと同じ気分に(笑
でもドクのエスコートは物凄く紳士的で、科学者の顔とはうって異なる誠実な態度は、男として見習いたいと思わせるほど素敵なものでしたよ。
終盤で機関車から落下するクララを、ホバーボードに乗ったドクが助けるシーンがあります。
ドクの腕に抱かれたクララ。
わだかまりを経てようやく結ばれた2人が、何を発するわけでもなく互いに見つめ合い、幸せそうに笑ってホバーボードに身を委ねる光景はとても華やかなものでした。
ここでバックに流れているメインテーマのアレンジ曲が2人のゴールインを祝福しているのですが、ちょっと尋常ではないほどの美しさと感動を帯びたBGMになっていて、シリーズ屈指の感動ポイントとなっていることに注目です。
時代を超えて運命の人と出会うと書くとなんともロマンチックではありますが、同時にドクは本来死ぬはずだったクララを助けたことで歴史を変えてしまったという罪悪感にも苛まれるのです。
前2作で、常に論理的な発言をして「歴史を変えるんじゃない」とマーティに注意をしてきたドクですから、彼がそのルールを破るわけにはいきません。
しかし結果的には、ドクの中で1人の女性を愛する気持ちが、科学者としてあるべき姿に勝ってしまうのです。
人によっては「エゴ」という単語を抱くかもしれませんが、ドクがシリーズで初めて見せたいたって人間的な感情と、世界や歴史の在り方よりも目の前の女性を愛するという一途な恋心に管理人は胸を打たれ、思わず彼の前進を最後まで応援したくなるような気持ちでいっぱいでした。
マーティとジェニファーの関係は既にできあがっている仲でしたから、ロマンチックな恋愛劇としては、ドクとクララの惹かれ合う姿はシリーズ中で最大の盛り上がりを見せているのです。
『PART1』ではマーティが、『PART2』ではビフが自分の人生と在り方に決着をつけていましたが、本作ではドクがそれを実証したことになりますね。
実はドクのファーカスポイントは別の場面にも。
「500メートル離れた犬についたノミを撃てるライフル」、「製氷機」、「自動朝食料理システム」など、ドクのしっかりと機能する発明品の登場数が多いです。
それまでデロリアン以外にこれといった画期的な発明品が登場していなかったドクですが、未来の技術を
遠い過去で「再現」することは容易だったようですね。
未来的ノウハウを、1885年の技術で組み立てていることに細かいこだわりを感じ、ドクが試行錯誤してこれらを生み出していった工程を想像するだけでも楽しい。
1885年で数か月間を鍛冶屋として生きてきたドクが、生活の中で何事も手慣れたようにこなしていく姿はこれまで以上に頼もしく映っていましたが、ドクが酒にめっぽう弱いと判明するシーンには爆笑しました。
・未来を切り開くマーティ
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前作から続く、「腰抜け」と馬鹿にされた時のマーティの対応。
本作も例外ではなく、彼の喧嘩っ早い行動が事態を悪化させてしまうことになります。
劇中でマーティは、自分の祖先にあたるシェイマスから、シェイマスの兄である「マーティン」も喧嘩っ早い性格で、それが仇となって命を落としている事実を突きつけられます。
そしてドクは、マーティに対して「その性格を直さないから、未来でもエラいことになるんだぞ」と直接注意を促します。
「え?僕の未来がどうなるってんだい?」と心配な素振りを見せるマーティですが、何が起こるかをマーティに伝えることはありませんでした。
言うまでもなく、ドクは『PART2』で映し出された2015年の没落したマーティのことを言っています。
よく考えれば、2015年のマーティの実態を知っているのはドクとジェニファーのみ。
未来の事実を知らないマーティはドクから注意を受けた時も、「2015年の自分はジェニファーと結婚して順風満帆、そして売れっ子ギタリスト」になっていると思い込んでいたことでしょう。
ドクが未来のマーティについて全てを説明せず、敢えて戒めとしてヒントを伝えたのには、マーティが人間として自らの意思で成長して未来を創る余地を与えたのと同時に、長年親しい友人関係であったマーティに対する親心的な情愛の表れでもあったのだと思います。
一見残酷なシーンにも見えますが、ドクの科学者としての優しさが際立つ場面でもあります。
自分の祖先だけでなく、いよいよドクからも注意をされてしまったマーティは、その後の劇中で自分の行動を見つめなおすことになります。
タネンから申し込まれた決闘にも挑む気でいたマーティですが、タネンが決闘の場に現れてもそこに赴こうとはせず、「腰抜け」と馬鹿にされて周囲から煽られようが、ドクと未来に帰ることが先決であることを念頭に置き、名今何が大事であるかをしっかり考える様子を見せて、その後は無視を貫くのです。
ドクがタネンに捕まって決闘を余儀なくされても、銃での決闘を断り、機転を利かせたアイデアで見事に反撃、タネンに勝利をします。
ここでもしマーティが感情に流されて決闘の場に赴いていたら確実に敗北していたでしょうし、いくらマーティが銃の扱いを得意としているとしても、本物のガンマンであるタネンより勝るとは思えません。
早撃ちで決闘をしていれば間違いなくマーティが負けていたはずです。
煽りを受けたマーティが初めて冷静な対応を見せた佇まいは凛々しく、タネンにパンチを浴びせる姿は、シリーズで描かれてきたマーティの暗い側面を打ち消すかのごとく光り輝いていました。
ただ、タネンがピンポイントの胴体を撃つという保証はなかったはずなので、かなりリスキーな賭けだったとは思うんですけどね・・・。
まあ映画ですから、野暮なことは言いっこなしで!
マーティの成長は、無事帰りついた1985年の現在でも見受けられます。
ジェニファーを乗せてハイラックスを運転している最中、高校の同級生のニードルスからレースをけしかけられます。
ニードルスとは、『PART2』の2015年でマーティが職を失うきっかけを作った張本人でしたね。
マーティはニードルスから「腰抜け」と呼ばれようが、レースに参加することはありませんでした。
この行動により、マーティはレース中に事故でロールス・ロイスの車とぶつかる未来を変えました。
そう、これは前作の未来で語られていた「ロールス・ロイス事件」であり、車に突っ込んだマーティは手首を骨折してミュージシャンの夢が終わってしまっていたのです。
前述の通り、当然マーティはロールス・ロイス事件の存在を知らなかったので、彼は事件を意図的に防いだのではなく、その時の冷静な判断で未来を変えた結果となります。
ロールス・ロイス事件、そして2015年での会社の不正行為をけしかけてきたのは、いずれもニードルスでした。
マーティは自己抑制力を身に着けたことにより、自分の未来をぶち壊しにするニードルスの呪縛から脱出をしたと言えますね。
しかし、本作ではドラマ部分の大半がドクとクララの恋愛劇に重きが置かれており、それと比較するとマーティの成長ドラマはちょっと印象が弱い。
というか「腰抜け」のネタがなければ、1885年にタイムスリップしたマーティに焦点を当てるべきポイントがなく、物語は完全にドクが中心と化していたでしょうね。
一応シリーズの主役はマーティですから、彼の成長劇が残されていたのは当然のことでしょう。
・ドクのメッセージ
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デロリアンに代わる蒸気機関車型のタイムマシン(か、かっこいいいい・・・)を発明してマーティのもとに帰ってきたドク。
ドクがクララと家庭を築いていることが判明するシーンはとても温かく映り、これまでの彼の孤独な科学者人生を考えても、彼がその後の人生の拠り所となる安息の場所を見つけたことには、シリーズを通して観てきた者としては喜ばしいものです。
長い間唯一の親友として交流をもってきたマーティに対し、自分たちとは切っても切れない腐れ縁となった時計台(の時計)前での記念写真を贈る彼の心遣いはウィットに長けていますよね。
他人がこの写真を観ただけでは絶対に状況を理解することができない、良くも悪くも自分たち2人だけの思い出を形として残したこの写真は、マーティにとっても最高のプレゼントであったことでしょう。
ドクはタイムマシンで戻ってきた理由として、犬のアインシュタインを迎えに来ることと併せて、マーティを安心させたかったからだと告げていますが、新たな旅立ちを前に、それまでの親友に感謝と別れをしっかりと伝えに来たドクの姿勢から、彼ら2人にはもはや親友以上の絆を感じずにはいられません。
ここではジェニファーが2015年の未来から持ち帰ってきたファックスが白紙になった理由をドクに問いかけるのですが、ドクはこれに対し、
「(未来のファックスが白紙になったのは)当然だとも!人間の未来はすべて「白紙」だということさ!未来は自分で作るのだ。君らも良い未来を作りたまえ」
という返事を笑顔で返します。
・・・なんという粋なメッセージでしょうか。
シリーズを通して様々な経験をしてきたドクが、全シリーズに通説するタイムトラベルの集大成として導き出したこのアドバイスは、マーティとジェニファー並びに、当然作品を観ている観客にも向けられたものです。
ものすごく分かりやすくてシンプルな文章であるのに、とても奥が深くて感慨深く、普遍的でもある。
どんな人間にも決められた未来なんてなく、自分が理想だと思う未来を歩んでいくために努力を忘れてはいけないというメッセージが心に響きます。
映画史にも、作品を観た多くの人々の心の中にも永遠に残る屈指の名言に感じます。
・すべてが回収される伏線
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1:西部開拓時代への伏線
前作の記事でも書きましたが、本作の舞台が1885年の西部開拓時代になることを匂わせる伏線が、前作の中にあらかじめ仕込まれていました。
・マーティがクリフとの一件に決着をつけた後、戻ってきたドクが機関車の描かれたシャツを着ている。
→本作で未来に変えるためのキーアイテムとなるのが機関車でした。
・2015年から1985年に帰る前に、ドクが「西部開拓時代に行けなかったのが残念だ」と漏らす。
→皮肉にも落雷事故によって夢が叶ってしまいましたね。
・変わり果ててしまった1985年のビフ・タネン博物館の紹介VTRで映る、西部時代の彼の先祖であるビフォード・タネン。
→前作と本作でのビュフォード・タネンのビジュアルには少し違いがあるようです。
2:ドクの恋の予感
「今後は宇宙の神秘を研究しよう・・・女だよ」と前作で言っていたドクですが、本作では生涯の伴侶となるクララと出会うことになります。
虫の知らせでしょうか。
3:デジャブ現象
・マーティの言うことが信じられないドクがトイレに立てこもり、マーティのことを「未来少年」と小馬鹿にするのは、『PART1』でマーティと過去のドクが出会った時と同じ流れですね。
・1885年でクマに追われて崖から転げ落ちたマーティが、マクフライ農場で目覚めた時に「ママ?ママなのかい?」と寝ぼけるシーンはもはやお馴染みのネタ。
今回寝ぼける相手はロレインではなく、同じくリー・トンプソンが演じるマギー・マクフライでした。
・1955年や2015年では車に轢かれそうになっていたマーティでしたが、本作ではヒルバレー到着早々、馬車に轢かれそうになります。
しかも間一髪避けた足元には馬糞が・・・。
実はタネンに追われて酒場を飛び出した直後にもう一回同じ馬糞を踏んでいます。
・マーティが酒場に入っていく流れは、それまでのシリーズのカフェに入っていく流れと一緒ですね。
『PART1』と『PART2』ではカフェの内装が寄せてあったので、本作で酒場が独立したインテリアになっていたのはちょっと残念。
その後酒場に入ってきたタネンに「おいマクフライ!ここには来るなと言ったはずだぜ」と怒鳴られるシーンも、その後タネンたちに追われて酒場を飛び出すのも見慣れた光景です。
・無事1985年の未来に帰ったマーティですが、直後にデロリアンは列車に轢かれて木っ端みじんに。
この時未来のナンバープレートがクルクル回って落ちますが、『PART1』で犬のアインシュタインを乗せたデロリアンが初めてタイムスリップした瞬間でも、同じくナンバープレートはクルクル回って落ちていましたね。
4:マーティの銃さばき
前作で筐体ゲームのワイルドガンマンをプレイして、銃の腕の良さをほのめかしていたマーティ(というかワイルドガンマンがすでに西部時代への伏線になっていたのね)。
本作では祭りの最中に銃の実演販売所に招かれたマーティが、周りに馬鹿にされながらものび太顔負けの百発百中スキルを見せつけます。
ぽかんとする販売人に対し「セブンイレブンで習った」と遊び心の効いたセリフを吐くマーティ 笑
マーティはかっこつけて、銃身を握って販売人に返すんですけど、実は発砲した直後の銃身てめちゃくちゃ熱いんですよね。
管理人はハワイで射撃場に行ったときにそこを注意されていたので、マーティを観ていて思わず顔が歪んじゃいましたよ。
5:タネン家の泣き所
前作の1955年では、ドレスを買ったロレインに絡んだビフが、彼女にすねを思いっきり蹴られていましたが、本作でもクララに無理矢理ダンスを迫ったタネンは、彼女に思いきり同じ場所を蹴られています。
6:フリスビー
祭りでクララとダンスをしていたドクの命を狙ったタネン。
そんな窮地にマーティは機転を効かせ、テーブルにあった皿をフリスビーの要領で投げてタネンの銃を弾いて弾道を外しました。
前作でも、ビフに命を狙われそうになったマーティは、マッチの乗っていた皿をビフに向けて投げていましたね。
困ったら皿を投げればなんとかなる!
7:ジュール・ヴェルヌ
『海底2万マイル』や『月世界旅行』などで有名な、SFの父と呼ばれるフランスの小説家ジュール・ヴェルヌ。
冒頭の鉱山の場面にて、ドクが科学に一生を捧ごうと決心したきっかけがジュール・ヴェルヌであることが語られます。
1885年で彼が出会うクララも同じくジュール・ヴェルヌを好んでおり、共通の趣味で弾むことへの伏線でした。
さらには、終盤でドクとクララが設けた2人の子供の名前は、それぞれジュールとヴェルヌになっています。
夫婦の共通の趣味って、やっぱり大事なんですね~。
8:即席の防弾ベスト
タネンとマーティの一騎打ちのシーン。
マーティはタネンの早撃ちの前に倒れますが、実は直前に飛び込んだ家屋で見つけていたストーブの蓋を胸部に固定し、即席の防弾ベストを用意して事なきを得ていたのです。
これは、前作でビフが風呂の中でクリント・イーストウッド主演の『荒野の用心棒』を観ていた姿を、マーティが思い出してひらめいたということですね。
『荒野の用心棒』へのリスペクトを感じると同時に、非常に細かく重要な伏線であったことが分かります。
9:肥やし
マーティのフックコンボでノックアウトされたタネンは、肥やしが詰まった猫車の中に倒れこんでしまいます。タネン一族と肥やしは切っても切れない縁のようです。
ちなみにこの肥やしの猫車にはお馴染み「ジョーンズ」のロゴが描かれており、ジョーンズ肥料店はこの時代から続く老舗だったことが分かります。
10:ホバーボード
前作でも大活躍をしたホバーボード。
1885年へ旅立つ前にデロリアンにさらっと積み込まれてその後音沙汰のなかったホバーボードですが、最後の最後、汽車から落ちそうになるドクを救うという活躍を見せます。
11:きつけ薬
前作で2015年から1985年へ戻った時、マーティとドクは気絶したジェニファーを彼女の家のコテージに寝かせてきました。
「大きいショックを受けたから、あとできつけ薬を持ってきてやれ」とドクが言っていましたが、本作でマーティが彼女を起こすきっかけとなったのはキスです。
きつけ薬とは、マーティのキスのことを言ってたんですね~。
まだ高校生のくせにロマンチストだな~。
12:ロールス・ロイス事件
前述の通り、マーティの未来を破滅へと導くトリガーとなった自動車事故。
タイムスリップを通して様々な経験をしてきたマーティは、事故を起こすことなく『PART2』で映った未来を変えることになります。
13:ドクの若返り手術
前作で2015年の未来に行ったドクは、シワを伸ばして体内の血液を入れ替え、内臓も交換して若返っていたのでした。
この記事を書いているときに初めて気づいたのですが、彼が終盤でクララと結婚をし、2人の子供を設けているという設定に無理を生まないよう、前作の若返り手術は伏線として用意されていたんですね!
・小ネタ
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1:ハウディ・ドゥーディ・タイム
1950年代当時にアメリカで放送されていた人気子供向け番組らしいです。
同じ1950年代が舞台であった『インディ・ジョーンズ クリスタルスカルの王国』内のテレビでも流れていたので、やはり人気番組であったことが伺えますね。
2:ナイキ
1885年に到着した直後にブーツをクマに食われてしまったマーティは、ナイキのスニーカーを履いたまま酒場を訪れます。
ここでナイキ(NIKE)のロゴを読むことができなかったタネンの手下から「ニーケイ?インディアン語か?」と馬鹿にされていました。
3:マイケル・ジャクソン
怒ったタネンに足元の床を撃たれまくって弄ばれるマーティですが、マイケル・ジャクソンのムーンウォーク動作でリズミカルにかわして周囲を呆気にさせます。
ここでマーティが口ずさんでいるのは、これまたマイケル・ジャクソンの『Billie Jean』です。
ミュージシャンを夢見るマーティは当然のようにマイケル大好きだったんだろうなあ。
4:クリント・イーストウッド
『ダーティ・ハリー』シリーズなどで知られるハリウッドの超大御所俳優クリント・イーストウッド。
ブレイク時には西部劇映画に数多く出演していたことからそのイメージが強く、1885年の世界ではマーティは自分の名前を隠し、代わりに「イーストウッド、、、クリント・イーストウッド」とキメキメな顔で名乗ります。
でも「なんて間の抜けた名前だ!」とタネンに馬鹿にされてしまいますが、あくまでもお笑いのネタであり、本作にイーストウッドネタを使うことは本人から了承を得ているのです。
前述の『荒野の用心棒』の防弾ベストネタもイーストウッドでしたし、物語の終盤でマーティ=イーストウッドが機関車と共に落下していったとされた(実際にはタイムスリップして消えただけ)峡谷は、「イーストウッド峡谷」と命名されることに(笑
また、マーティが1955年でドクにコーディネートされたなんちゃってカウボーイ衣装に代わって、1885年で着ることになるポンチョ風の衣装は、『荒野の用心棒』でイーストウッドが身に着けていた衣装に瓜二つで、本作が西部劇の代名詞ともいえる存在のイーストウッドに並々ならぬリスペクトを表していたことがわかります。
■日本がらみ
デロリアンの故障は落雷によるタイム回路を制御するマイクロチップのショートとなっていますが、これを観た1955年のドクは「壊れて当然だ、これは日本製だ」と鼻で笑います。
それに対し、「日本製が最高なんだぜ」と当たり前のように返すマーティ。
「とても信じられん」と驚くドクですが、そりゃ1955年のアメリカ人が、敗戦間もない国であるはずの日本の製品クオリティが高いと言われても納得がいかないんでしょうね、きっと。
■鑑定結果
全ての人物の物語に決着が付き、絡み合ったすべての伏線が回収されるシリーズ最終作でした。
アクションもスリルも恋愛も、シリーズいちの盛り上がりを見せる本作。
ドクの最後のメッセージには、娯楽映画という垣根を超えた人生の哲学を感じ、管理人の心にも深く刻まれています。
となります!!
思えば、2018年のハリコンで等身大のドクに出会えたことは本当にラッキーだったんだなあとしみじみ。
クリストファー・ロイド氏に会ったことが、管理人がハリウッドのスターの横に立った初めての経験でした。
スクリーンの中にしかいないと思っていた人物と同じ空間にいれたのは、管理人にはとても感動的な体験だったんです。
クリストファー氏から直筆のサインもいただきましたし、、、
当日会場で、生のリー・トンプソン氏とトーマス・F・ウィルソン氏を拝むこともできたし、、、。
ああ、記事を書いてきて色々思い出が沸き上がってきたな~☆
本作に繫がる伏線を紹介しているので、『PART1』と『PART2』の鑑定も復習にどうぞ☆
それでは今回の鑑定はここまで。
またお会いしましょう!
よろしければシェアをしていただけると幸いです!↓↓
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