一部ネタバレ/感想:『GODZILLA ゴジラ』(2014)の鑑定結果【ハリウッドが怪獣への理解に一歩近づく】

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(C)2014 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. & LEGENDARY PICTURES PRODUCTIONS LLC

Jing-Fu
Jing-Fu

みなさんこんにちは! 管理人のJing-Fuです。

 

今回鑑定をするのは『GODZILLA ゴジラ』です。

管理人は実は、幼少期は熱心な昭和のウルトラマンファン(平成ウルトラマンにはそれほど思い入れがない)だったということもあり、怪獣という存在が大好きです。

当時は怪獣図鑑を毎日毎日ぼけ~っと眺めているだけの時間が楽しくてしょうがなく、もちろんその流れでたくさんのゴジラ映画も観てきました。

ゆえに、生粋のゴジラファンの方々には遠く及びませんが、管理人自身もゴジラにはそれなりに思い入れがあるのです。

今回、6/20の土曜プレミアムにて地上波放送されるとのことで、早速鑑定をしていきたいと思います。

■作品情報

・基本情報

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■原題:GODZILLA

■発掘国/制作年:アメリカ(2014)

■キャッチコピー

世界が終わる、ゴジラが目覚める。

 

・監督、キャスト

■監督:ギャレス:エドワーズ

 

■主要キャスト

フォード大尉:アーロン・テイラー=ジョンソン

芹沢(せりざわ)博士:渡辺謙

ジョー:ブライアン・クライストン

エル:エリザベス・オルセン

グレアム博士:サリー・ホーキンス

ステンツ少将:デヴィッド・ストラザーン

サンドラ:ジュリエット・ビノシュ

・あらすじ

1999年のフィリピンにて、炭鉱が広範囲で没落する事故が発生。

原因調査のために呼ばれた、「モナーク」という秘密組織に属する芹沢博士(渡辺謙)とグレアム博士(サリー・ホーキンス)は、炭鉱の深部で巨大な生物の骨の化石を発見する。

化石の近くには2個の巨大な繭が垂れ下がっており、1つは破れていて中の何かが炭鉱の外に逃げ出していった跡が残されていた。

一方で、日本の雀路羅(じゃんじら)市の原子力発電所職員であるジョー・ブロディ(ブライアン・クライストン)は、核物理学者として原子炉の真下で観測された謎の地震の調査を進めていた。

ほどなくして発生した巨大地震によって起こった原子炉の暴走によって発電所は倒壊し、ブロディは妻のサンドラ(ジュリエット・ビノシュ)を亡くしてしまう。

それから15年後、2人の息子であるアメリカ海軍大尉のフォード(アーロン・テイラー=ジョンソン)は、任務を終えて家族と幸せな時間を過ごそうとしていたが、父のジョーが日本で立ち入り禁止区域になっている雀路羅市に侵入して逮捕されたと連絡を受け・・・。

■ざくっと感想

Jing-Fu
Jing-Fu

本作の鑑定結果は、、、

ダイヤモンド映画(☆7)!!

日本映画を代表するキャラクターであり、日本に留まらず世界中に多くのファンがいるゴジラ。

1998年のローランド・エメリッヒが初のハリウッド版『ゴジラ』を製作したのですが、従来のゴジラ映画のイメージ原型をとどめていないとして、失敗作の烙印を押されていました(あくまでもゴジラ映画として)。

それから16年後、ゴジラは再びハリウッド映画界で蘇ります。

大のゴジラファンと公言するギャレス・エドワーズ監督が生み出したゴジラの姿は、エメリッヒ版の『ゴジラ』とは異なり、従来の東宝のオリジナルゴジラにかなり近い外観でファンを歓喜させました。

ゴジラと本作オリジナル怪獣であるムートー(Massive Unidentified Terrestrial Organism(未確認巨大陸生生命体)の略)夫妻が、日本からハワイ、そしてアメリカのロサンゼルスを舞台に暴れまわり、そして怪獣同士が衝突するバトルシーンの迫力は抜群です。

ゴジラやムートーが単なる「モンスター」ではなく、人間たちが介入できない「絶対的な存在」として描かれてており、まだ完璧とは言えない部分もありますが、ハリウッドが「怪獣」という概念への理解に一歩近づいた意欲作としても評価ができます。

本作は単なるハリウッド版のゴジラ作品に留まらず、レジェンダリーピクチャーズが製作する怪獣ユニバース映画の記念すべき第1作目でもあり、来年に公開を控えている『ゴジラVSコング』を観るうえでは欠かせない作品なのです。

 

以下、ネタバレありの感想と考察になります。

作品を未見の方は鑑賞後の閲覧をおすすめします!


 

 

 

 

 

 

 

 

■感想と考察

・再びハリウッドで咆哮を上げるゴジラ

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・ゴジラの容姿

核実験によって巨大化してしまったイグアナそのままの姿であったエメリッヒ版のゴジラは、ファンが想像する姿とはかけ離れた残念なイメージとして不評を買い、世間的にも他の映画でも散々ネタにされてきました。

エメリッヒ版の『ゴジラ』にはゴジラ映画として未熟な部分が他にも多々あり(後述します)、ゴジラが再度ハリウッド映画化されるとなれば、ファンが真っ先に心配になるのがゴジラそのものの外観でした。

ゴジラといえば、巨体でのっしのっしと歩く2足歩行の恐竜のような怪獣で、ごつごつとした突起物に覆われた漆黒の外皮、後頭部から尻尾の先まで連なる背びれなど、長年の東宝映画のイメージが完全に定着しています。

管理人も作品のリーク情報の時点からひやひやしていたのですが、いざ本編で現れた本作のゴジラは、まさに東宝オリジナルのゴジラが持つイメージを模倣した、まさに「ゴジラ」だったのです。

オリジナルを意識しつつも、より筋肉の詰まった重厚で大柄な体格となっており、108メートル越えという過去最高に高い身長も、アメリカの超高層ビル群に引けをとらないずっしりとした迫力が特徴です。

歴代ゴジラの中でも、文字通りパワータイプ型である本作のゴジラの放つ圧倒的な威圧感によって、ゴジラが登場するたびに画面が一気に引き締まるのが実感できます。

・口から吐き出す放射熱線

また、ゴジラのシンボルの一つである、口から吐き出す青白い放射熱線が描かれていることにも感動しました。

というのも、エメリッヒ版の『ゴジラ』では炎に勢いよく息を吹きかけて火力を増強させる「パワーブレス」という、なんちゃって熱線の攻撃能力しか持ち合わせていなかったからです。

本作でもゴジラが劇中に登場して以降、熱線を用いる攻撃手段を見ることができない状況が続きます。

「今回もダメなのかな、、」と半ば諦めかけていたその時、突如としてゴジラが口から熱線を放つのです。

焦らすに焦らされたことによって、ゴジラの放射熱線による攻撃シーンの感動は倍増し、思わず鳥肌が立つほどの興奮でした。

平成ゴジラシリーズの、ストレートで勢いの強い光線のイメージが強かった管理人にとっては、本作でゴジラが吐き出す熱線は少々柔らかい印象があったので、きもーちだけパワフルさに欠けるように感じたのが正直な話ではありますが。

・咆哮

そうそう、ゴジラにはもう一つ外せない持ち味として「咆哮」がありましたね。

恐竜を彷彿とさせるあの独特で甲高い鳴き声を聞けば、日本人であれば誰もが頭の中にゴジラを思い浮かべるはず。

視覚に頼らずしてゴジラを認知できるというだけあって、ゴジラの咆哮は彼の外見以上に重要な役割を持っています。

本作のゴジラの咆哮は、やはりオリジナル寄りにしながらも今回のために新規に作成された鳴き声となっており、特に咆哮が終わった後の「喉鳴らし」に力点が置かれていることが野性的で印象深いのですが、実はこの咆哮を作り上げるまでになんと2年もの年月を費やしたそうです。

深くまで探求心を捧げられた咆哮は、新たなるハリウッドゴジラの名刺代わりの挨拶として申し分のない響きを轟かせています。

・ゴジラに息を吹き込む

エメリッヒ版のゴジラと同様、本作のゴジラはスーツアクターによる着ぐるみゴジラではなく、全編フルCGで描かれています。

ゴジラの動きを「演じて」いるのは、『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムや『キングコング』など、モーションアクターを代表する俳優のアンディ・サーキス

単なる生物以上のきめ細かで繊細な動きを見せるゴジラにリアルな息を吹き込めるのは、彼以外には考えられませんね。

空中からチョコザイな攻撃を仕掛けてくるばかりのムートーハズバンドが空を旋回している姿を見て、「くそう」と分かりやすくうっとおしそうに首を曲げている表情が、個人的には好きです。

・怪獣とモンスターの違いとは

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管理人は幼少期から慣れ親しんだ「怪獣」と、小中学生でいろいろと手を伸ばしていた外国の「モンスター」パニック映画を比較し、その末にたどり着いたそれぞれの定義の違いを持っています。

まずは管理人が考える「怪獣」とは何か。

怪獣とは自然的でどこか科学的な能力も持つ、まさに恐怖を代弁するかのような巨大で異形の存在。

恐怖の存在であるがゆえに、軍事力の刃を向けようにも怪獣たちにとってはなしのつぶてであり、人間が彼らに抗うすべはなく、絶対的な破壊力の前には逃げ出すしかありません。

そして怪獣が生み出された背景として多々設定されているのが、環境破壊などといった人間の所業です。

自然を破壊してきた人間に鉄槌を与えるために、自然が送り込んできた復讐の申し子として見ることもできます。

一方のモンスターとは、人間が乗り越えるべき、倒されるべき存在。

モンスターと聞くと、サメやヘビなど、もともと存在する動物が極端に巨大化や狂暴化したもののイメージが強く、恐怖というよりは人間にとって倒される運命にあたる存在がほとんどです。

そもそも、日本で誕生したゴジラの裏設定には「ビキニ環礁での水爆実験の影響によって変貌した爬虫類」という日本人の反核への思いが込められていることは非常に有名な話です。

体内に原子炉のような構造を兼ね備え、背びれを青白く発光させながら放射能入りの熱線を放つその姿は、実は核兵器のメタファーでもあります。

だからこそ、水爆実験で巨大化したイグアナが砲弾を浴びて血を流し、人間に追い込まれて絶命するエメリッヒ『ゴジラ』は、ゴジラ映画として評価されることもなく、怪獣映画としても救われることはなかったのです。

・本作はれっきとした怪獣映画

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では本作のゴジラはどうでしょうか。

ゴジラは地球上の放射能濃度が強かった古代の時代に、あらゆる種の頂点に立っていた種族の末裔、「種の起源」であることが劇中で語られており、人間の核実験によってうまれた存在ではありません。

超・自然的な存在であるゴジラの設定は斬新ではありますが、実はアメリカとロシアの冷戦時代、両者の核実験は実験ではなく明確にゴジラを殺そうとしていた、という設定は、まるでゴジラに踏みつぶされたかのように衝撃的でした。

反核の象徴として誕生していたゴジラというキャラクターを人間が核兵器で殺そうとしていたという乱暴な行為。

一応本作には

・過去に核兵器による攻撃で死ななかったゴジラを再度核で殺そうとする軍人と、過去のデータを提示してその無意味さと人類へのリスクを忠告する芹沢博士のせめぎ合い。
・人間が生み出した核兵器が、ムートーが卵を産む栄養源となっている皮肉

などといったゴジラ映画特有の反核へのテーマが取り込まれているものの、ゴジラそのものが掲げるメタファーを重んじるファンにとってはかなりショックなのではないでしょうか。

と、キャラクターとしてのゴジラと核の関係性には納得できない部分がありますが、ゴジラをモンスターではなく怪獣として描いていることは、前作と比較してもかなり良い評価ができます。

劇中で芹沢博士は

「自然は常に調和を保とうとする。ムートーの進撃を止められるのは核兵器ではなく、天敵として出現したゴジラだけだ」
「人間は自然を支配できると勘違いをしているが、実際はその逆だ」

と説明し、ゴジラやムートーが超・自然の存在であり、人間が介入することは不可能だということを強調しています。

事実、ゴジラもムートーも人間の砲撃を食らおうが身じろぎをする程度で、人間など顔にたかるだけの蚊である程度にしか気に留めず、本能の赴くままに都市を破壊しながら闊歩するその姿はまさに神のごとく、そして人間が手に負えない怪獣そのものです。

冒頭のフィリピンの炭鉱深部にあった巨大生物の死骸はゴジラの先祖のものです。

ゴジラの死骸に寄生するかのように冬眠をしていたムートーを見て、ゴジラとムートーが古来からの天敵であり、広大な世界の中で再びぶつかり合うのは本能に他ならず、まさに「自然の調和」という言葉が相応しい。

2匹登場するムートーは雌雄それぞれで外観と生態に若干の違い(メスはオスよりも巨体で力強く、オスは小柄だが滑空能力がある)があり、求愛の仕草を見せ、放置しておけば産卵して地上を支配してしまうなどといった、自然生物的な特徴と恐怖を具現化した怪獣です。

さらに、ムートーは一時的に広範囲の電子機器を無効化させてしまう電子パルスを放つことができ、ゴジラとは異なる科学的な能力によって人間たちのインフラ社会を呆気なく麻痺させてしまう。

あらゆる頼りを奪われた人間たちが悲鳴を上げて逃げ惑う様子が、いかにも怪獣映画らしいですよね。

 

エメリッヒ『ゴジラ』が失敗した原因として、監督であるエメリッヒ本人がゴジラに興味がなかったということが最大の汚点です。

それに対し、本作の監督であるギャレス・エドワーズはゴジラ好きを公言しており、「ゴジラを本当に愛している人間」が製作したことこそに簡単ながらも極めて重要な意味が込められていて、本作をゴジラ=怪獣映画として成り立たせているのです。

・神の迫力

 

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人間が太刀打ちできない存在として描かれる2種類の怪獣たち。

特にゴジラが醸し出す規格外の存在感はまさに神の領域であり、恐怖の裏には一種の美しささえ感じさせるほどです。

ゴジラがホノルル空港にて初めてムートーと対峙するシーンでは、ムートーが前足を伸ばして威嚇のポーズを取ることで、まだ画面に映っていないゴジラの威圧感が否が応にも高まります。

重たい足から順に腹部、胸部、頭部へとカメラが移動し、ムートー並びに観客に対して挨拶代わりの咆哮を浴びせる登場の仕方には完全に心を奪われました。

チャイナタウンを包む黒煙の中から、自身の存在をほのめかしながら登場し、強烈な咆哮で文字通り画面全体を震わせる迫力には、思わず涙が頬を濡らします。

管理人は非常に涙もろい性格で、映画の感動シーンや悲しいシーンではすぐにハンカチを濡らすタイプの人間です。

他に「人間の力を超えた神々しいシーン」でも、特に何かを考えるまでもなくその雰囲気に呑まれてボロボロと泣きます。

例えば『ロード・オブ・ザ・リング 二つの塔』でガンダルフ率いるローハン軍が全滅寸前のヘルム峡谷に駆け付け、朝日の光とともに坂を駆け抜けていくシーンや、『ローグ・ワン スター・ウォーズ・ストーリー』でフォースを一心に信じて歩み続けるチアルートの姿などに神々しさを見出して、とにかく涙を流します。

価値観の違う人によっては理解しがたいかもしれませんが、管理人は神々しいシーンで感情が高まるこの瞬間が大好きで、映画鑑賞しか持ち合わせていない趣だと思っています。

少し話が脱線しましたが、つまりは本作のゴジラはあまりにも神々しいということです。

ムートーとの闘いを経て倒れたゴジラが再び起き上がり、空に向かって咆哮して海に消えていく後ろ姿を見守る芹沢博士とグレアム博士の表情と眼差しを観れば、きっと管理人と同じような感情を抱いているのだろうということが伝わります。

 

そのゴジラの姿を映すテレビニュースには「怪獣王は救世主か!?」というテロップが出ています。

そんな人々の希望観測や、前述の芹沢博士たちの感動の眼差しに目もくれることなく、人類の勝手な想いを一喝するかのように上げる最後の咆哮。

それは、ゴジラが人類のためではなくゴジラとして内に秘める目的(自然の摂理)に従ったまでの結果であり、何でもかんでも自分たちの思う通りになると勘違いする人間の身勝手さ(前述した芹沢博士の発する考え)への警鐘を鳴らす意味を表しているのかもしれません。

・怪獣シーンは意外と少ない?

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2時間の尺がある本作ですが、怪獣映画の主人公として位置するゴジラと、彼に敵対する存在であるムートー夫妻の怪獣シーンは、怪獣ファンの期待に対して少々物足りないのかなというのが本音。

怪獣映画の醍醐味である、ゴジラとムートーの衝突もほぼ終盤の決戦のみですし、何より主役のゴジラの方がムートーよりも出演時間が少ない。

怪獣シーンを目当てにあんまりハードルを高く設定しすぎると、消化不良になってしまうかもしれませんね。

それでも、怪獣が横断したことによって壊滅状態になった都市や人間たちのパニックなど、怪獣を映すことなく映し出される混乱の景色には「そこに巨大な何かがいた」という未知の恐怖を助長させるサスペンスの煽りは別の意味で見所と呼べるでしょう。

人間たちのドラマ部分では、『キックアス』『アベンジャーズ エイジオブウルトロン』などのアーロン・テイラー=ジョンソン演じるフォードと父親、そして妻子との家族の交流と想いを描き、ハワイで両親と逸れた日本人の子供をフォードがムートーから守るというシーンもあります。

ムートー側にも夫婦や愛する卵などといった家族設定があり、ムートーワイフが必死こいて産んだ卵をフォードが全部お釈迦にするという、何気なく人間と怪獣の、家族や子供の対比が描かれているのは良かったですね。

意味のある対比を見せることによって、上手いこと人間側のドラマが早送り対象の蛇足にならないようになっています。

卵をすべて失ったムートーワイフがフォードにガンを飛ばす「母親」の表情が本気で怖いんですけど・・・。

・画面が暗い!

ギャレス監督は、「怪獣の全貌を映すより、『ジョーズ』のように巨大な何かがいることを暗示させることが重要だ」と独自の哲学を語っており、ムートーによってインフラが停止した夜の暗闇の中で動く怪獣たちのシーンにそれを感じるのですが、夜のシーンがとにかく暗い、暗すぎる!

ゴジラもムートーも体表が黒やグレーといった暗い色ということもあり、両者が衝突する終盤のサンフランシスコの対決シーンは細かい状況把握が難しい。

劇場で観たときはもちろん、真っ暗にした部屋で購入したブルーレイを再生しても画面内の暗さに目を細めることに。

過去のテレビ放送ではそれを考慮してか、放送用に独自に画面鮮度を明るくしていたので、結局は地上波が一番観やすいのかも。

漆黒の暗闇が、ゴジラの光る背びれと放射熱線のインパクトを盛り上げているという利点もあるものの、怪獣映画にとって怪獣の姿が目視しづらいというのは、個人的にはかなりの致命傷だと思います。

■日本がらみ

・冒頭に登場する日本の雀路羅(じゃんじら)市なんて土地は聞いたこともなく、日本人であれば戸惑いが隠せません(日本人に対する違和感を意識してか、画面には「JAPAN JANJIRA」という英語字幕が表示されているが、それに付随する日本語字幕は「日本」としか表示されない)。
じゃんじら市は海沿いで富士山のふもとに位置する都市(いかにも日本!て感じの見せ方)。
高層ビル群が密集した地域と古風な和づくりの家が並ぶ団地、そして巨大な原子力発電所が特徴という、いかにもアメリカ人が考えそうな町の姿には、残念ながら違和感が漂います。
原発のメルトダウンを扱っていることから、日本側に配慮をした結果として、架空の都市であるじゃんじら市が生まれたことはほぼ間違いないでしょうね。
・東京のシーンに違和感はなく、日本人エキストラもみんなしっかりした発音の日本語を話しているので違和感はありません。
ただ、フォードが東京の留置場で父親を待っている際に、先に出てきた出来損ないのパンクロッカーみたいな若者には苦笑しました(その後厳格そうな両親にど叱られている)。
・実は元祖『ゴジラ』に主演し、その後も多くのゴジラ作品や特撮映画に出演してきた名優・宝田明が出演しています。
日本の空港の入国審査官役としてフォードと交わるという僅かなカメオ出演ながらも、ゴジラには欠かせない宝田明を招いたギャレス監督のゴジラ好きがますます伝わりますね。
ただ残念なことに、該当するシーンは尺の都合上、本編からカットされてしまっています。
前述の出来損ないパンクロッカー風の若者のシーンを削ればよかったのに!!
それでも、エンドクレジットにはしっかりと宝田明の名前を確認することができます。
渡辺謙が演じる芹沢猪四郎(いしろう)博士の役名は、1954年の初代『ゴジラ』に登場した芹沢大助博士と、ゴジラシリーズ他多くの特撮映画を監督した本田猪四郎を由来としています。
ここにもギャレス監督のゴジラリスペクトを感じます。
・英語圏でのゴジラのネイティブ発音は「ガッズィラ」が一般的で、製作陣も渡辺謙が演じる芹沢博士がその名を発するシーンでしつこく念押しをされたらしいですが、渡辺謙は頑なに拒否をしてしっかり「ゴジラ」と発音しています。
日本人であることのこだわりを信念として曲げずに表現しきった渡辺謙のこの発音が、世界中のゴジラファンから称されたのは当然のことですよね。
・ゴジラに核は通用しないという芹沢に対し、米軍のステンツ少佐は核兵器の使用を強引に決めるのですが、その時に芹沢は静かに1個の懐中時計を取り出します。
1945年8月6日の午前8時15分で止まったその時計は芹沢の父親の形見であり、芹沢が広島での被爆2世であることが分かるこのシーンからは、日本人である芹沢が胸に秘める核兵器使用への悲痛な訴えが伺えます。
それを見たアメリカ人のステンツは「広島か・・・」と漏らすだけで、それ以上は何も返せませんでした。
前述した、本作が掲げる反核テーマのうちの1種です。

■鑑定結果

Jing-Fu
Jing-Fu

エメリッヒ版の『ゴジラ』の失敗を打ち消すかのような、素晴らしいゴジラ映画でした。

そして怪獣映画としても、良い点でも悪い点でも考察すべき部分が多く、ハリウッドでの怪獣のこれからの在り方に期待が高まります。

 

鑑定結果:ダイヤモンド映画(☆7)

 

となります!!

 

 

 

それでは今回の鑑定はここまで。

またお会いしましょう!

 

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