ネタバレ/感想/トリビア『E.T』の鑑定結果【子供と宇宙人の織り成すエモーショナルな友情】

SF

 

Jing-Fu
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みなさんこんにちは! 管理人のJing-Fuです。

 

今回鑑定をするのは『E.T』です。

スピルバーグ監督が贈る、少年と宇宙人の交流を描く藤子・F・不二雄チックなSFの不朽の名作が、なんと25年ぶりに金曜ロードショーで地上波放送されます、めでたい!

それでは早速鑑定をしていきましょう!

■作品情報

・基本情報

(C)1982 Universal City Studios, Inc.. All Rights Reserved.

■原題:E.T. The Extra-Terrestrial

■発掘国/制作年:アメリカ(1982)

■キャッチコピー

遥か300万光年の彼方から、未知なる地球へ・・・
彼は、ひとりぼっちで恐怖におののいていた。

 

・監督、キャスト

■監督:スティーブン・スピルバーグ

 

■主要キャスト

エリオット:ヘンリー・トーマス

マイケル:ロバート・マクノートン

ガーティ:ドリュー・バリモア

メアリー:ディー・ウォレス

キーズ:ピーター・コヨーテ

グレッグ:K・C・マーテル

スティーブ:ショーン・フライ

タイラー:トム・ハウエル

E.T(声):パット・ウェルシュ

・あらすじ

アメリカのとある田舎町に広がる森林の中、人気のない夜に1隻の宇宙船が着陸した。

中から出てきた複数の宇宙人たちは、早速周囲のあらゆる植物を観察し始める。

彼らの目的は、地球の植物を採取して研究することだった。

それから間もなく、宇宙船の着陸を察知したアメリカ政府の人間たちが駆け付け、危険を感じた宇宙人たちはすぐに宇宙船に撤収して地上から飛び立った。

しかし1匹の宇宙人が宇宙船に乗り遅れてしまい、人間たちから逃げるために眼下に広がる住宅街に向かって逃げ出した。

住宅街の一軒に住む少年のエリオット(ヘンリー・トーマス)は、兄のマイケル(ロバート・マクノートン)とその友達らの遊びに入れてもらえず、彼らの命令で宅配ピザを取りに玄関に向かった。

その途中、物置小屋から何者かの怪しい音を聞いたエリオットだったが、そこには謎の足跡が残されているだけでその正体は分からなかった。

足跡の正体がどうしても気になるエリオットは、夜中に物置小屋の奥に広がるトウモロコシ畑に足を踏み入れる。

そこで宇宙人と遭遇してしまったエリオットは驚きのあまり悲鳴を上げるのだが・・・。

■ざくっと感想

Jing-Fu
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本作の鑑定結果は、、、

エメラルド映画(☆8)!!

もはや管理人ごときが語るまでもない、スティーブン・スピルバーグ監督の代表作の1つとして非常に有名な作品であり、多くの人がSF映画というワードから連想する作品ではないでしょうか。

アメリカの閑静な田舎町を舞台に、1匹の子供宇宙人「E.T」とエリオット少年の交流と友情、そしてひとときの冒険が描かれます。

「E.T」とは「extra-terrestrial」の略称で、「地球外生命体」、すなわち宇宙人のことを指す言葉です。

子供の目線で作品を撮ることのできるスピルバーグ作品の中でも、特に主人公のエリオットとE.Tの視点に立ったストーリー進行で構成されており、幼い2人のリレーションシップの1つ1つが感動的に伝わってくるのが特徴的だ。

主人公2人の喜びと悲しみ、キャラクターたちのあらゆる感情がこれほどまでにダイレクトに心を揺さぶる作品はそうそうありません。

そんなドラマをさらに盛り上げるかのように心に強く響く、ジョン・ウィリアムズの美しく壮大なテーマ曲をバックに、エリオットとE.Tが自転車で空を飛ぶシーンは映画史に残る屈指の名シーンだ。

E.Tのお茶目で愛らしい動作や、製作当時としてはかなりリアルな動きを見せるアニマトロニクスの繊細さにも注目です。

 

 

以下、ネタバレありの感想と考察になります。

作品を未見の方は鑑賞後の閲覧をおすすめします!


 

 

 

 

 

 

 

 

■感想と考察

・子供目線で描かれるエモーショナルな物語

(C)1982 Universal City Studios, Inc.. All Rights Reserved.

物語の主観は、そのほとんどがエリオットかE.T、または別の子供たちの目線に立てられて進んでいきます。

エリオットの一家は、父親が愛人と浮気をしてメキシコに出ていってしまっていることが劇中で語られている。

母のメアリーはそんな父親のことを考えて怒りと悲しみで沈んでいるし、兄のマイケルは友達との遊びに夢中でエリオットを相手にしようとせず、かわいいはずの妹ガーティもエリオットには懐いていない様子だ。

孤独と寂しさを感じているエリオットが出会ったのは、地球にただ1人置いてきぼりにされてしまい、絶賛孤立中であった宇宙人のE.T。

同じ境遇で寄り添い、何気ない日常を感性豊かに過ごす2人の姿はとても微笑ましく、大人たちが忘れかけていたような「感動」を与えてくれることがこの映画の大きなポイントです。

純粋無垢な子供の視点で描かれるからこそ、1つ1つの出来事が強く心に響き、まさにそれを観ている自分の感情が揺さぶられていることが手に取るように分かる。

「心が動いている」と感じるのはなんでもないことに思えるかもしれないけど、実は日常的にストレス社会を生きている中で経験ができる機会は意外と少ないものだ。

だからこそエリオットら子供たちとE.Tが他愛のないやり取りで笑顔を見せるシーンではとても心が和むし、逆にエリオットとE.Tの関係が大人によって引き裂かれるシーンではたまらないほどの悲しみの波で心が痛んでくる。

喜怒哀楽を刺激し、ここまで感動的に心を動かすことは映画でしか体験することのできない醍醐味であり、そんな感情の起伏が際立って伝わる本作のムードはまた格別なのだ。

さすがはスピルバーグ監督、「子供向けの映画が得意」ではなく「子供の目線に立つ」ことのできる映画人。

作品を観終わった後の胸の高鳴りには、我ながら驚きました。

・顔が見えない大人たち

(C)1982 Universal City Studios, Inc.. All Rights Reserved.

上記の通り、本作の主人公は子供たちだ。

エリオットにとって身近な存在の母親メアリーを除くと、E.Tの存在とエリオットとE.Tの繋がりを脅かす政府(NASA)の「大人」たちが完全なる悪と恐怖の存在として描かれています。

子供目線の物語というのはなにも感情移入のことを指すだけではなく、登場人物たちを映し出すカメラの高さにも意識が表れているんだよね。

あえて小さな子供の背丈にカメラを設定することにより、カメラの前に現れる大人たちは腰より下しか映らず、つまり顔が見えない。

さらに光やスモーク、逆光などの演出を巧みに使い分け、極力大人たちの顔を映さなかったり不鮮明にすることが徹底されていることにも気付くでしょう。

口を開くことなく無言でE.Tの調査を進める不穏さも含めて、彼らに「怖い」「不気味だ」という雰囲気を漂わせ、子供目線の没入感を高めているスピルバーグ監督のパフォーマンス性は、お見事の一言に尽きる。

最近で言うと、ピクサー作品の『モンスターズユニバーシティ』のラストでも同様の演出が使用されていました。

自分たちの平和な暮らしを蹂躙する存在として、エリオットとE.Tの目には邪悪に映っている大人たちの姿は、同じスピルバーグ監督の『激突!』のトラックと通づる雰囲気があるよね。

・自転車飛行シーンの美しさ

E.Tの超能力によって、エリオットの乗る自転車が空を飛ぶシーンはあまりにも有名ですね。

本作を製作したスピルバーグ設立の映画会社「アンブリン・エンターテインメント」のロゴにもシルエットが使用されていて、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』シリーズや『グレムリン』など、同社の作品を観た時に目にしたことのある人も多いだろう。

闇夜の中に光る満月をバックに、エリオットとE.Tを乗せた自転車が宙を横切る「Moon bike(ムーンバイク)」はあまりにも幻想的で壮大。

満を持して流れるジョン・ウィリアムズの甲高いテーマ曲の美しさ、2人が喜んで感動する姿、空を飛ぶという奇跡の壮大さによる「あらゆる美しさ」の相乗効果で、管理人は何回本作を観てもこのシーン溢れる涙を止めることができないのがお約束になっている。

エリオットとE.Tの絆の繋がりを象徴することでも重要なシーンであり、夢のような美しいひと時に、ここだけは心のときめきを抑えられない。

・大人顔負けのドリュー・バリモアの演技

(C)1982 Universal City Studios, Inc.. All Rights Reserved.

エリオットの幼い妹、ガーティを演じているのは、後にハリウッドの大物女優となるドリュー・バリモアだということを知らない人が案外多い。

そう、『チャーリーズ・エンジェル』キャメロン・ディアスルーシー・リューに並ぶエンジェルの1人、セクシーでたくましいディランを演じていた彼女だ!

本作ではそんな彼女の子役としての駆け出し演技を観ることができるが、驚くのはまだ7歳であるドリューの演技力だ。

もちろんエリオット役のヘンリー・トーマスやマイケル役のロバート・マクノートンの感性豊かな演技力も観ていて感心するのだが、その中でも一番幼いドリューの可愛らしい演技には思わず目がハートになりそう。

というか彼女の場合は演技をしていないのよね。

ピュアで純真、あどけない様子で喜怒哀楽を起伏させるガーティは幼児の姿そのものだからだ。

しかし、本作という創作物の中に用意されたセリフと行動に従っている存在である以上、ドリューはやはり演技をしていることになる。

物凄く矛盾することを言っているけど、つまりはそういうこと。

彼女に向けられたカメラという圧力や、画面外に大勢いるだろうスタッフたちの姿と視線に全く気を取られず、目が泳ぐこともなく完全に世界に入りきっている。

いたって普段の幼い自分を自然のままに表現することができ、他の子役たちを完全に喰っている彼女の演技力には目を見張るでしょう。

それは大人の俳優であれば当たり前の技量かもしれないが、まだ幼いドリューが見せるからこそ素晴らしいのだ。

本作への出演によって「天才子役」と評価されたのも頷ける(その後の人生は波乱続きだったけど)。

ここ、観ていて本当に関心します。

・愛らしいE.Tの仕草

全身が茶色の寸胴体型に、ギョロリと大きい目を持つ双眼鏡のような顔のE.Tは、一見するとグロテスクな容貌だが、よく見りゃ親しみやすい表情と仕草に愛嬌さえも感じる不思議な味の宇宙人だ。

おじいちゃんと子供の中間に立つ絶妙な仕草と外見は、今風に言うとキモかわいい。

高低差にヨワそうな短い足でのよちよち歩き、覚えたての英語を話すたとだどしさ、人間以上に感情豊かな素振りには、まるで幼児を見ているかのように愛おしくてたまらない気持ちになる。

ちょっぴりチキンな臆病さで見せるオーバーリアクションがこれまたかわいいのよね。

当時の映画としてはE.Tの表情を形成するアニマトロニクスは画期的で、口や頬だけでなく「こめかみ」部分も凄くリアルに動いているし、特に素早くパチクリする「まぶた」のモーションが生き物そのものだった。

『ジョーズ』の撮影トラブルで死ぬほど苦労した、スピルバーグのロボット技術経験が少なからず活きているんだろうか。

■考察

・エリオットとE.Tの別れが意味するものとは

(C)1982 Universal City Studios, Inc.. All Rights Reserved.

物語のラストは、エリオットとE.Tの別れが大々的に描かれて幕を閉じる。

出会いがあれば別れも必ずやってくる。

離れ離れになっても、これからもずっと心は一つと言わんばかりに別れを告げる2人の最後は壮大で感動的に描かれているものの、やはり別れとは悲しいもので、

で、ハッピーエンドな雰囲気の中でもエリオットは微笑むことなく、どこかもの悲しい表情で空に消えていく宇宙船を見つめているんですよね。

気丈にふるまいながらも涙を我慢できず、、、というような素振りではなく、ずっと一点を見つめている。

しかも別れのシーンが思いの外長く、明らかに「別れ」という出来事を強調しているようだ。

なんでこんなにも別れを強調するんだろうか。

そしてあれだけE.Tの自由を強く願っていたエリオットは、その願いが叶ったにも関わらず、この時何を考えていたんだろうか。

 

「別れ」という単語が結び付けられるのは、ずばりエリオットの一家の現状だ。

エリオットの父親は浮気をしてメキシコに行ってしまい、まさに別れの真っただ中。

劇中でエリオットが家に残された父親のシャツの匂いを嗅いだり、映画館に行った思い出を話したりすることからも、彼はかなり父親に懐いていたみたいだ。

大好きだった父親という存在が別れて帰ってこないという状況は、エリオットとE.Tの関係性に重なっている。

2人は短い交流の中で強い友情を結んだが、人間と宇宙人という、所詮は同じ空間で共に生きていくことのできない関係。

エリオットもそれを理解できていると思うし、遠い宇宙に消えていく親友との別れが永遠になることを悟っているんだと思います。

つまりここでは、E.Tとの別れに重ね合わせ、遠いメキシコに出て行ってしまった父親が二度と帰ってこないことが暗示されているんでしょう。

ハッピーエンドな雰囲気ながらも、愛する存在が2つも消え去るという、実はエリオットにとってはかなり酷な終わり方をしているとも見て取れるので、そう考えると素直に感動ができないのがなんとももどかしく、やるせない気分になるんだよな~。

■トリビア

1:実は指合わせシーンがない?

ポスターにも大々的に載っている、エリオットがE.Tの光る指先と自分の指先を合わせている様子。

本作のシンボル的イメージとして定着していることもあり、さぞ映画史に残る名シーンなんだろうな、、、といざ本編を観てみる。

意外や意外、なんとこの場面は映画本編には存在していないではないか!

そもそもE.Tの指先が光っているのは、相手の怪我を治癒する癒しの力を発しているためだ。

劇中では指先を切ってしまったエリオットの指をE.Tが治す場面で2人が指をひっつけるのだけど、あくまでも痛がるエリオットの指の側面にE.Tが自分の指を当てるだけで、ポスターのような合わせ方は一切していない。

思っていたほどの印象深さを感じることもなく、割と素っ気なくここは終わってしまう。

元祖に「ホウセイマイフレンド」なシーンがないとは、蝶野にビンタされる以上に思いがけない衝撃だ。

2:ハロウィンとヨーダ

(C)1982 Universal City Studios, Inc.. All Rights Reserved.

今でこそ日本人にもすっかり浸透したハロウィンイベント。

劇中では町のハロウィンイベントを利用し、E.Tにシーツをかぶせてお化けの仮装に見立てて外に連れ出すシーンがある。

母親曰く、本作をリアルタイムで観た当時は、そもそもハロウィンというものが何なのかが分からず、何故人々がお化けなどに仮装しているのかを全く理解ができなかったらしい。

本作という大衆向け作品でハロウィンが描かれることによって日本ではカルチャーショックが起きたなんて、今となっては考えられなくて興味深い。

バカそうな若者がどんちゃん騒ぎをするだけの現代日本のハロウィンとは異なり、ハロウィンの本来のあるべきシンプルな姿を観ることができるのも貴重だよ。

ちなみにこのシーンでは、『スターウォーズ』のヨーダのコスプレ(あるいは本物なのか?)を見たE.Tが同じ宇宙人として歓喜しているのが笑える。

ヨーダの方も、シーツを被って正体の分からないはずのE.Tをしきりに見返す素振りを見せるという、遊び心も効いていて面白い。

これはスピルバーグ『スターウォーズ』ジョージ・ルーカス監督が盟友という関係だったことで実現した、いわゆるゲスト出演ってやつだ。

それのお返しか、実は後年の『スターウォーズ ファントムメナス』におけるコルサント会議場のシーンには、多数の宇宙人の中にE.Tがチラ見えしていたりもする。

共に『インディジョーンズ』シリーズを創り上げたくらいでもある、2人の親交関係の良さが垣間見える見所ですね。

■日本がらみ

・今回、特に日本がらみの要素は見つかりませんでした。

 

■鑑定結果

Jing-Fu
Jing-Fu

今はなきUSJのE.Tアドベンチャーに乗ってた思い出が蘇ってきたなぁ。

心が動く映画体験をしてみたい、と言う人にはうってつけの作品です!

鑑定結果:エメラルド映画(☆8)

 

となります!!

 

 

 

それでは今回の鑑定はここまで。

またお会いしましょう!

 

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